夜泣き|かんむしに宇津救命丸400年以上の歴史を持つ医薬品メーカー

Home » ブログ » 波乱万丈な人生

ブログ

blog

波乱万丈な人生

去年、暁星学園の同窓会がありました。小・中・高の一貫
教育のため、小学校から一緒だったクラスメートも沢山い
ます。

その中で、いまウチの実家のそばに住んでいるという一人
がいてびっくり。彼とは小学生の時、席が近くてよく一緒。
いつも走り回っていたので、カミカゼタクシーというあだ
名を付けました。

中高時代は疎遠となり、会ったのも50年ぶり。その後連絡
をとりあって、先日実家に遊びに来てもらいました。
その彼の人生を聞くと波乱万丈で、とっても興味深いもの
でした。

読みにくいので物語風に書きます。

彼の曾祖父は誰でも知ってる明治の有名政治家で、彼を
暁星に入れたのはおばあさんでした。暁星はフランスの
キリスト教系の学校で、彼は敬虔なクリスチャンでした。

彼が小学生のとき、有名歌舞伎役者が学園内の教会で結婚
式を挙げ、彼は聖歌隊で呼ばれました。式の終わった後、
フランス人神父の部屋で焼き立てのフランスパンとコーヒー
をご馳走になり、この世のものとは思わぬほどの美味しさ。
その後毎日のように通いました。

なにしろ半世紀以上もむかしの話ですから、そんな世界
なんて知らなかった。

中学生のときにカートのレースに魅了され、中高とカー
ショップに入り浸りとなりました。

高校を卒業すると習ったフランス語(小・中・高の必須 )
を活かし超一流ホテルに勤め、おかげでいろんな有名人に
会えました。某タレントや茶道の家元、ジョンレノンの
家族などがスイートルームに長期滞在。そのチップは
ハンパなく、ときには給料以上でした。とくにジョンレノン
は毎月100万持ってきて、みんなで分けてと言いました。
もっともスタッフも多いので、一人2万ぐらいでした。

しかし勤め人生活が会わず、数年で退社。
そこでレーサーになることを目指し、資金を貯める為に
料理人になりました。

ここからが凄い。
そして念願のF3(F1の1ランク下)のレーサーになり、
日本のサーキットで活躍。あだ名のカミカゼタクシーが、
ほんとのレーサーになっていたなんて・・・

レースはとてもお金がかかるので、スポンサー探しに奔走。
あの某航空会社に日参して、スポンサーなってもらったと
いうから凄い。無料のチケットを沢山もらい、ヨーロッパ
に何度も遠征して、イギリス、フランス、ベルギーなどを
転戦モナコグランプリでも前座で走り、ときの王妃の
グレースケリーにも会いました。
ギリシャの島に1カ月も滞在し、気楽な生活を送ったこと
もあったそう。

日本に帰ってからもレースを続け、いろんな場面に遭遇し
ました。富士スピードウェイのレース前夜、レーサー
仲間と泊まった宿で有名レーサー達が賭け事を初め、熱く
なった二人が大喧嘩。それを翌日のレースにまで引にづっ
て、コーナーで競って大事故になり、結局二人は亡くなり
大騒ぎになったそうです。

そんな人生に転機が来たのがオイルショック。
大手自動車メーカーは次々と手を引き、レースどころの騒
ぎではなくなって、彼のレース人生は終わりました。

彼の父親は銀行員で、息子にレースをやらせるぐらいだっ
たからそれなりに裕福だったのでしょう。しかし、勤めて
いた銀行を退職し、請われて地方の製造メーカーの経営者
に。そこに彼も就職し「めでたしめでたし」かと思いきや、
そのうちに仕事をどんどん中国に持って行かれて倒産。

その後独学で勉強し、当時増えつつあった携帯電話の中継
基地の建設の仕事に就きました。その経験を活かし、いま
は独立して某電機協会の仕事をしています。

とにかく、ずっと彼の話を聞いていても飽きません。
波乱万丈の人生はあるものです。