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都電の足跡

通勤途中、車でお茶の水橋を渡ります。
外堀通りを飯田橋から来て、東京医科歯科大学前を右折し、
お堀とJR総武線・中央線を渡る橋です。

JR御茶ノ水駅に隣接し、人も車も多いのですが、半年ぐら
い前から橋の補修工事をしていて、道路幅が狭くなって難
儀してました。

先日ヤフーニュースを見ていたら、なんとその路面下から、
76年前の1944年に廃線になった都電(当時は市電?)の線路
が出て来たというのです。

ネットで調べたら、この路線は明治時代に御茶ノ水から
日本橋まであった錦町線で、1944年に廃線になったため、
忘れられていた幻の路線だったとか。

お茶の水橋の古ーい写真をネットで見つけました。
まだJRも通っていない貴重な写真です。
(下をクリック)
お茶の水橋と『外濠電車唱歌』

現在のお茶の水橋

貴重な歴史の一部ですが、もちろんこのままにしてはおけ
ません。掘り起こしてどこかに移すという話もあるようで
すが、当時は複線だったので、橋の反対側の工事が始まれ
ばまた線路が出て来るだろうとのことです。

都電は、現存する荒川線を除いて全て廃線になりましたが、
私が小学生の頃はそこら中を走ってて、江戸川橋から飯田
橋まで毎日通学で乗ってました。道路の真ん中を走ってい
たので、そんなに車が多くない時代でもけっこう遅れて
待たされた記憶があります。

免許を取って車の運転を始めると(16歳で軽免許を取得)、
この線路が実に厄介でした。軌道内を走るのは禁止なので、
道の混み方はハンパない。右折するときや追い越しのとき
は例外でしたが、路面が石畳だった(たしか)ので、右折する
ために入るとガタガタガタと凄い振動。

その石畳のせいか、凄い事故も見ました。
母親を乗せて横浜に行ったとき、渋滞にはまりました。
市電の線路は当然空いてますが、そこを反対側から猛スピード
で車が。と、石畳にハンドルを取られ、突然車が横倒しに。
横転してゴロゴロと転がってむかって来ました。幸い10m
ぐらい手前で止まりましたが、こちらは動けないのでただ見
てるだけ。怖かった・・・

都電の記事を見て、そんな昔を思い出しました。