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母の戦争体験

先日テレビで、太平洋戦争中に日本が作った「風船
爆弾」の話しを放送していました。


風船爆弾とは、和紙をこんにゃくノリで貼りあわせて
作った気球に爆弾を吊るし、ジェット気流に乗せてア
メリカまで飛ばしたもの。非常に原始的な兵器です
が、当時の秘密兵器だったそうです。
この番組を見て思い出したのは母のこと。
母からよく聞かされたのは、女子大生のとき、芝浦
の軍需工場で働かされ、秘密兵器を作っていたとい
う話しです。
敵を発見する装置(レーダー?)のハンダ付けをさせ
られていたそうで、なかなかうまくできず、みんな毎
日泣きながら作業をしていたそうです。
母のような超メカ音痴に、大事な秘密兵器を作らせ
ていたのですから、日本が負けても仕方ない・・
アメリカの戦争映画を見ていると、アメリカ兵はみん
な人道的ないい人で、敵(主にイツ兵)は残忍で極
悪非道な人間に描かれていました。
これは、昔の騎兵隊とインディアンの映画も同じで、
子供の頃はそれがほんとだと思っていました。
最近の戦争映画は、真実に基づいて作られるように
なり、必ずしもアメリカ人がヒューマニストであったと
は描かれていません。
母の戦争体験に戻ります。
当時、自転車で田舎の一本道を走っていたとき、正
面からアメリカの戦闘機が低空飛行で飛んで来まし
た。このころは、民間人も見境なく撃たれ、母も身動
きできずに覚悟したそうです。
パイロットの顔がはっきりわかるほど接近し、「撃た
れる!」と思った瞬間、意外にも戦闘機は翼をひる
がえして飛び去りました。
もしかしたら、故郷にいる妻か恋人の顔が浮かんだ
のかもしれません。
その日家に帰ると、アメリカ軍の飛行機が近くに墜
落したという話。近所の人が、みんな竹やりを持っ
て見に行きました。
母は、それが助けてくれたパイロットの飛行機かど
うかわかりませんでしたが、複雑な気持ちだったと
話していました。