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自力で復興

東日本大震災から1ヶ月以上たちます。まだ強い余震が襲って
来る中、災害地では少しづつ復興が行われているようです。


栃木の実家のあたりでは、家が壊れたり塀やお墓が倒れたり
しても、大工さんや石屋さんが手一杯でなかなかお願いできま
せん。うちもお墓や神社・お稲荷さんの灯篭が倒れっぱなしで
気がかりでした。そこで、自分たちでできる事だけでもやろうと
いうことに。
子供3人に話をすると、いつもは乗ってこない子供たちも、今回
ばかりはすんなり承諾。男が4人揃ったところで、重い墓石な
ど起こせるはずもありませんが、みんなで一緒に力を合わせる
ことに意義があります。
知り合いに石用の業務用接着剤とブラシを買ってもらい、準備
は万端。
金曜の夜に集結し、朝容赦なくたたき起こして早速作業開始。
まず、裏の八幡神社の灯篭から始めました。この社は、裏の
三ノ宮ととともに、家内が私財をはたいて再建したもの。今回
ご利益は確かにありました。
灯篭は、積み木のように6個のパーツでできています。その
一つ一つが重い!ブラシで表面を磨き、接着剤を塗って重ね
ていきます。最後の傘の部分が特別重く、目線より高い所に
乗せるので大変。気合を入れて「せーのっ」で持ち上げたら、
みんな噴出して大笑い。さっきまでブーたれていたのがいっき
に和みました。
被害直後
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復帰後
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そこに来客があり、あとをいったん任せて現場を離れました。
1時間ほどして戻ると、みんなもう家に入って休憩しています。
まったくちょっと目を離していると・・・。
お昼を食べて再開。私がいない間ちっとも作業が進んでませ
ん。現場監督の重要性を強く感じました。
真っ直ぐ立たなかったりちょっと変ですが、2つの神社と1つの
お稲荷さんの灯篭を直しました。
そのとき、大きな余震がありました。
地鳴りがするほどの大きさで、震源地は栃木県だったとのこと。
長男が家内を心配して見に行くと、まったく気づかずに除草剤
を撒いてました。安定のいい体格と、重いタンクをしょっていた
ので揺れなかったのか?
次はお墓。石によって重さが違いますが、御影石は小さくても
びくとも動きません。なんとか前列と、動かせるものだけ復帰さ
せました。この頃になると、もう疲れて接着剤なんて面倒くさく
て使いませんでした。
被害直後
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復帰後
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敷地から外れた御稲荷さんに車で移動。
倒れた石の鳥居はどうにもなりません。ローマの遺跡みたいで
みっともないので、取り合えず横にどかしました。
ここの灯篭は江戸時代からと古く、石がもろくて割れが多くみら
れました。もともとの向きがわからないうえ、割れた石を重ねた
のでなんだか変なかっこう。まっ、神様も許してくれるでしょう。
被害直後
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復帰後
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最後に家の周りの灯篭を直そうと思いましたが、体力の消耗で
断念。あとはプロに任せます。
夕飯は、今回の報酬として宇都宮の店でステーキをご馳走しま
した。たまにこうして一家全員で集まるのもいいものです。