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リリとの別れ

家族で溺愛していた愛犬のリリは、今年の2月に他界し
てました。


ショックが強くて、いままでブログに書くどころかリリの
写真はもちろん、他の犬が出てくるテレビさえ見れません
でした。じつはこのブログも、9月に書き始めてやっと
できました。
携帯に入っている写真はリリばかり
NEC_1233.JPG
ペットロス症候群という言葉は嫌いです。愛犬家の口癖で
すが、リリは「家族」の一員でしたから。
死ぬ1ヶ月前に、ブログに「リリのお気楽老後生活」なん
て載せてましたが、まさかすぐこんなことになるなんて・・・
1月末に私がスキーに行っていた時、リリが突然吐て、家
内は慌てて病院に連れて行ったそうです。私が留守の時に
何かあったら大変だと思ったから。
そのときは特に異常は見られず、ただの食べ過ぎじゃない
かとの診断でした。もしかしたらまた何か変な物を食べた
のではと思ったそうです。
私が帰った時は元気で、一時治ったかのようにみえました。
でも、なぜか朝方になるとまた吐くように。それだけではな
く、ついでにオシッコもしちゃうので後始末が大変。
それが続いて、まさに老々介護でした。
その頃はまだまだ余裕があって「リリの闘病日記」なんて
ブログを書きかけてました。全快したらアップするつもりで。
その後も症状は一進一退してましたが、どうも夜になると苦
しそう。何より、大食漢のリリが食欲がない。これはよほど
具合が悪い証拠です。
元気なときは、食料の入ったダンボールに頭を突っ込んで
食べるほど。
110527_1715~0003 (1)   リリダンボール-thumb.jpg
そこで病院で血液検査を受けることに。
診察台の上に乗せると、途端にごろっと横になり、先生は
ビックリして「リリちゃん!」と叫びました。診察台の上で
横になる肝っ玉の座った犬はいないらしく、死んだと思った
みたい。「大物だねえ」と褒められました。
結果は、上限の数値を振り切るほど膵臓が悪いことが判明。
これはかなり痛くて辛かったのではとのことでした。もっと
早く計ってもらえばよかった・・・
犬には脂分、糖分がよくなく、生クリームなどが一番いけ
ないとのこと。生クリームを泡立てたボールを舐めさせた
り、ソフトクリームのコーンを食べさせたり、思い当たる
フシはありありです。
点滴をすると元気になって、オシッコ対策に敷き詰めた新
聞紙をかき集め、くるまって寝てました。
点滴中も「おとなしいねえ」と褒められました。
DSC_1610.JPG
「点滴をすればだんだん良くなる」そう信じて、家内は毎
日病院に通いました。おかげで、苦手な駐車を克服したそ
うです。でも、相変わらず食欲がなく、ついにまったく食
べなくなりました。動物は正直です。
そんなことが2週間ぐらい続き、家内は最悪の事を覚悟し
ておいた方がいいと言いました。でも、私はそんなこと考
えられません。
東京に大雪が降りました。スタッドレスタイヤではないの
で車が出せなくなりましたが、近所の犬仲間のご主人が親
切にも病院まで乗せてって頂き、帰りも送ってくれました。
感謝です。
その日はソチオリンピックで羽生君が金メダルをとった日
でした。週末2週続けて大雪で、予定していた北陸の旅行
をキャンセル。ほんとはリリをペットホテルに預けて行く
はずでした。
病院に連れて行くため、朝から必死に雪かきをしました。
また血液検査をすると、値が少し下がってて、少し希望が
湧きました。
その日の夜、ずっと出なかったうんちが出て嬉しかった。
いままで寝てばかりいたのに、ふらふら歩いてます。少し
具合がよくなったみたい。
夜部屋にいると、家内に大声で呼ばれました。リリの様子
がおかしいと。あわてて下に降りると、タオルの上に横に
なり、ハアハアと荒い息をしてました。開いた目がグルグル
回り、もうダメなんだとわかりました。
一度は希望を持ったのにそんなバカな・・・それだけに
ショックはとても大きいでした。
みんなが見守っていると、突然首を持ち上げみんなビックリ。
その後すぐに息を引き取りました。まるで最後の挨拶をし
たようです。
この大雪のせいで、私たちも子どもたちも一緒に旅行に行
くはずだった叔母も家にいて、みんなに看取られ幸せな最
後だったと思います。
顔はいつものように寝ているよう。涙が止まらないけど、
まだあったかいリリのヒゲを切ってあげました。いつも私
が「女の子なんだから」と言って切ってました。彼女は嫌
な顔をしながらも、いつもおとなしくしてました。
東京で動物が死ぬと、埋葬する場所が無いから大変です。
近くにペット霊園がありますが、どうせなら先に死んだモル
のそば(実家の庭)に埋めてあげたい。
弟の家の犬が亡くなったとき、移動火葬車を頼んだことを
思い出し、うちも頼むことに。ペットの亡骸を引き取って、
人気のない所で火葬して持って来てくれるのです。
翌日の夜、引き取りに来ることになりました。「生前好き
だったオモチャや食べ物を用意してください」と言われま
したが、「手紙も書いてください」と言われたときはさす
がに引きました。だいいち、リリは字が読めません。
夜になり、いよいよお別れの時間が近づきました。でも、
このままでは思い切れない。引き取りに来る20分前、リリ
の前で思いっ切り泣いて気持ちの整理をつけました。
取りに来たのは、異様に大きなパネルのトラック。中に火
葬の機械が載ってます。私が抱いて寝台の上に載せました。
枕元にどら焼きと、宇津救命丸を置いてあげました。初め
てどら焼き1個もらって、嬉しかったかな。
みんなオンオン泣いて最後の別れをしました。
2時間後、お骨になって帰ってくるとのこと。「みなさん
で骨を拾ってください」と言われたのですが、もう骨壷に
入れておいてくださいと頼みました。係の人はちょっと驚
いて、「出来ればみなさんで拾ってあげてください」と言
われました。冷たい家族と思われたかもしれませんが、骨
になったリリを見て現実を認めるのが辛かったのです。
2時間後遺骨が届いたとき、男は全員逃亡し、家内が1人
で骨を拾いました。母は強し。
病院の先生が、お花を持ってお悔やみに来てくれました。
やさしい先生です。いろいろお世話になりました。
リリは14歳の生涯を終えました。犬種によって寿命は違
いますが、元気な犬が16歳とか聞くと、まだまだ生きら
れたのかなと思ってしまいます。
しばらくは家に帰ると、いつもリリが寝ていた玄関の隅を
見てしまいました。実家に行くと、いつも寝ていた椅子や
押入れの布団を見るたびにリリを思い出します。
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犬達がいなくなって、生活のリズムが変わりました。
犬がいる時は家内は朝6時に起こされ、散歩に連れて行く
ため必ず3時には帰ってました。いまは朝ゆっくり寝られ、
実家の行き帰りに寄り道ができ、行きたいときに旅行に行
け、エサ代も病院代もかかりません。みんなリリのおかげ。
よく人が亡くなると、もっと会いたかったとか話したかっ
たとか言いますが、生きてるときに精一杯のことをしてあ
げたから悔いはありません。でも、一度バイキング料理に
連れてって、お腹いっぱい食べさせてあげたかった。
もう、犬は飼わないでしょう。また先に死なれたら悲しい
し、今度はどっちが先に死ぬかわかりません。犬を飼って
た同年代の友人たちも、また買おうとする人はいないです。
それに、リリよりいい子は絶対にいないから・・・
一つ心配なことがあります。リリが天国に行って、私の母
にピシャピシャ叩かれていないかということ。小さいころ
絨毯にオシッコをして、よく母に叩かれていたのです。
リリに手紙は書きませんでした。
でも「14年間癒やしをありがとう」と感謝状を送ります。
リリちゃん forever
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