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世界遺産と日本遺産?

1泊2日だというのに、本題に入る前にすでにロング
バージョンになってしまいました。今回でなんとか完結
させないと・・・
ネーミングのセンスがない交通文化村を出ると、もう
暗くなってきました。ここから旅館まで30分ほど。
途中でコンビニにを探したら、人家はあるけど商店らし
きものがまったくありません。やっと暗闇の中に灯りの
ついた看板が・・・と思ったら、スポーツジムの看板。
この村は、生活の不便さよりも健康第一なの?
旅館に着いた時にはもう真っ暗。駐車場から橋を渡っ
てフロントへ。
ryokann.JPG
翌朝見ると、けっこう高い橋でした。
橋.JPG
広い庭を通って離れに案内してくれましたが、先に着い
た友人たちが待ちくたびれてました。
部屋は3つ、我々6人には十分な広さです。しかも全部
の部屋に床暖房というのがいいですね。すぐそばに露天
風呂が有るそうですが、超寒くて年寄りには命がけ。
なので、遠い本館の内風呂まで行きました。
しかも料金はリーズナブル
庭 (2).JPG
食事は名物のイノシシ鍋とコンニャクの刺し身、コイの
洗いにヤマメの塩焼き、鹿肉の煮物。イノシシはここで
飼ってるそうですが、私はブタ肉の方がいいかな(これは
個人の感想です)。
中居さんが親切で、酔っ払ってご飯を食べない人のため
に、梅干しを持ってきてオニギリを作ってくれました。
夕飯074.JPGのサムネイル画像
食後はいつもの宴会ですが、今回はちょっと様子が違い
ます。ヘビースモーカーでビール大好きのT君が、大病
をして嗜好が変わり、ビールがまずくなったと言うのです。
代わりに甘いものが好きになり、チョコレートを食べ、
烏龍茶を飲んでいるので驚きました。
だって40年間の付き合いで、宴席でシラフの彼を見た
のは初めてです。病気をしたのは大変だったでしょうけ
れど、タバコも止め、肝臓も正気に戻って、長生きする
には不幸中の幸いだったかもしれません。
翌朝、寒さの中を露天風呂へ。せっかくの秘湯ですから。
露天.JPGのサムネイル画像
昨夜は暗かったのでわからなかったけど、かなり広い庭
でした。
庭 (1).JPGのサムネイル画像
散歩していたら子鹿に遭遇。さすが秘湯と思ったら、ここ
で飼ってるそうです。もしかして、昨夜の鹿肉はご親戚?
ッ正門 (2).JPG
ここからやっと本題です。
旅館から富岡製糸場はすぐそば。2台の車で行きました。
途中私営の駐車場があり、迷っているとおじさんが、
この先の市営駐車場は満車だと。でも、一か八か行って
みることに。なんせ歩くの嫌いなので。すると、なんと
市営の駐車場はガラガラ。商売も嘘ついちゃいけません。
製糸場へ行く路地にいろんな店がありますが、みんな
この機におみやげ屋さんを始めた様子で、洋服屋さん
がおまんじゅう売ってたり、製糸場さまさまでしょう。
路地.JPGのサムネイル画像
土曜日だからすごく混んでいると思ったら、以外に空い
ていてチケットも並ばずに買えました。ピークのときは
凄かったらしいですが、もう寒いですからね。
建物 (2).JPGのサムネイル画像
中に入ると無料で案内の看板があったので頼むことに。
20人ぐらいのグループに別け、40分かかるそうです。
明治初期に造られた、長さ300メートルのレンガ造り
の倉庫
建物 (1).JPG
建物も古くてスゴイのですが、説明を聞くとこの製糸場
を作った意義がまたスゴイ。
明治5年、まだ電気もなく、数年前までちょんまげ結っ
ていた時代に、ときの政治家の伊藤博文、渋沢栄一らが
日本の将来を見据え、フランスから全自動の繰糸機を輸
入し、生糸を大量生産して輸出。その利益を基に東京瓦
斯、東京海上火災、王子製紙、帝国ホテル、キリンビール
など、沢山の大手企業を創設し、日本の産業の礎になっ
たそうです。
全体見取り図。繰糸場が長いのは、電気がないので、な
るべく陽の光が当るように東西に長く建てたそうです。
見取り図 (1).JPG
目玉の自動繰糸機。人が途切れた瞬間に撮るのも腕のうち
ビデオ107 (2).JPG
別の操業している製糸場のビデオが流れてました。
ビデオ107 (1).JPG
また、ここは製糸の官学校でもあったそうで、全国から
女工さんを集め、その技術を習得させて地元に返し日本
中に製糸技術を広めていったとのことです。
というような話は、ただ見て回っただけではわかりませ
ん。その他にも興味深い話が聞けました。ガイドさんは
70名近くいるそうで、次のガイドさんの話しをちょっと
聞いてみたら、また違った説明をしてたのが面白い。
建物の中で、むかしのやり方でマユから生糸をつぐむ実
演をしてました。
むかし.JPG
これだけ人がいて、入場料がほとんど無人の鉄道文化
村と同じ500円は安い。これを維持するのは大変だろ
うと思ってたら、来年の4月から倍の1000円になる
そうです。まあ、妥当な金額でしょう。
お昼を食べ、帰りがてらに一之宮貫前(つきさき)神社に
寄りました。ふつう神社は高い所にあって階段を登って
いくのが一般的ですが、ここは社殿が低い所にあって、
長い階段を降りていきます(下り宮というそう)。
、神社.JPG
江戸時代に徳川家光・綱吉により整えられ、本殿・拝殿・
楼門等は重要文化財に指定されているとか。こんな所に
以外です。神前で、今年もみんなに無事会えたことを感
謝しました。そう、神社でお願いするのはダメなのです。
神様への礼儀とは 参照
じんじゃ.JPG
そして、みんな無事に家路につきました。札幌の友人が
遅れたホントの理由は謎のまま。
後日、家庭薬協会の忘年会があり、中締めをさせられた
のでこの製糸場の話しをしました。
「富岡製糸場は日本の産業の礎になったが、我々家庭薬
は日本の医療の礎である。富岡製糸場はもうないが、家
庭薬は健在。これは日本遺産である」と言ったら大拍手。
さらに「この日本遺産に理事長(理事長は太田胃散社長)
の名前を付けると太田遺産になる」と続けたら大受け
しました。