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歴史再発見

前々回、連休中に実家に歴史作家の先生が来られた話
をしましたが、その時の話です。
宇都宮在住の島 遼伍ご先生という方で、栃木県にまつ
わる歴史に詳しく、いろいろ小説を出されています。
ご夫婦でお見えになり、違う視点から、目から鱗の話が
聞けました。
まずは入り口。
うちのように入り口から門まで通路が連続したL字型に
なってるのは、昔の役所に多く見られたそうです。
うちは役所ではなかったですが、庄屋だったので関係が
あるのでしょうか。いま残っているのは珍しいとのこと。
入口085.JPG
長屋門
ふつう長屋門は外にあり、門の中にまた長屋門があるの
は珍しいそうです。そう言われれば確かにそうで、いま
まで考えたこともありませんでした。また、門の高さが
高いのは馬に乗ったまま通るためで、そこから推察する
と、当時主(あるじ)が馬に乗っていたか、役人がよく来
たのではないかとのことです。
注・当時長屋門を作るには許可が必要だったそうです。
長屋086.JPG
長屋門083.JPG
薬師堂
以前から、日光東照宮の様式に似てるのは東照宮を建て
た大工が作ったからではと言われてました。先生によれ
ば、確かに東照宮を建てた後や冬の間、大工さんが下山
して、ここら辺の仏閣を建てたという話はあるとか。
そして、中の造作を見て確信したそうです。特に、雀の
彫刻は東照宮のにそっくりだとか。
すずめ023.JPG
東照大権現(徳川家康)の位牌
うちの薬師堂と徳川家康はまったく関係ないのに、薬師
堂の中に昔からありました。これは、この薬師堂を建て
た大工が、東照宮も建てたんだよという証のために残し
たのではないかとのことでした。
家康024.JPG
ルーツ
書院の中に、ここを建てた年号と主の名前を書いた木版
があります。名前の「宇津権右衛門」と「重華」の間に
「藤」とあるのは、元は藤原家ということを現している
のだそう。果し合いの時「我こそは~」と名乗るぐらい
むかしは血統を大事にしたのだとか。もっとも、たどり
過ぎるとみんな同じルーツになってしまうかも。
木版100.JPG
謎のお雛様
宇津家には、開けると目が潰れるというお雛様があり、
家宝とされてました。昭和の初期に初めて開けると、そ
こには江戸時代に造られた4体のお雛様がありました。
3体は日光三所権現で、右下に東照大権現(徳川家康)
があります。
なぜ目が潰れると言われていたかというと、徳川家康が
最下位にあることで、徳川の時代では反逆ととられる
と危惧したからではないかと推測できます。では、なぜ
わざわざそんなお雛様を造ったのかが謎でした。
雛121.JPG
先生によれば、左上と左下のお雛様に巴の家紋が入って
おり、これは宇都宮家の家紋だそうです。先生の説では、
宇津家は宇都宮家と姻戚関係にあったことから、宇都宮
家は徳川家よりも格が上だと後世に残したのではないか
とのことでした。とすれば、危険を冒してこれを作った
意味もわかります
先生の推測が多いですが、歴史の再認識が出来ました。