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むかし話

先日、親戚の一周忌に行って、むかしの話をいろいろ聞い
てきました。
私の祖母は宇津家の長女で、小さいころからその親戚とは
行き来していたようです。祖母の子供のころの写真を複製
していただきました。
明治時代におしゃれな写真。
写真縦043.JPG
祖母の妹と。右が祖母です。
写真1035.JPG
救命丸のお姉ちゃんのモデルは自分だと言っていましたが・・・
箱038.JPG
父と妹(私の叔母)の子供のころの写真もありました。
正月に晴れ着を着て嬉しそう。
写真2038.JPG
でも、父の妹はこの数年後に病気で亡くなりました。そん
なことを知る由もない笑顔が可哀そうです。以前祖父の遺
品の手帳を見た時、娘を亡くしたことが一番つらかったと
書いてありました。
むかしのことを知る人がだんだんいなくなってしまったので、
この機会に親戚の長老にいろいろ聞いてみました。
わたしが気になっていたのは、実家にある奥書院を建てた
ときの由来です。
以前はもっと庭の中にあり、昭和の中期に移したそうです。
369-thumb.JPG
以前聞いた話では、明治時代に地元で陸軍の大演習があ
り、そのときの師団長が皇室の方で、お泊り頂くために建
てたというもの。でも、町史によると確かにそのころ大演習
はあったものの、その年号は奥書院を建てる前。なので
その真偽を確かめたかったのです。
長老によると、むかしは奥書院の前に書院があって、そこ
に風呂桶のない風呂場があったそう。当時皇族が入浴する
ときは浴槽に入らず、たらいにお湯を汲んで入ったそうで、
そのために浴槽のない風呂場を作ったのだとか。ちなみに
その後も家の人は誰も使わなかったとのことでした。
そんな話を聞くと真実味が増し、町史の年号が間違ってい
るのではとさえ思ってしまいます。
奥書院にある建築年度を記載した木版。さすがにこの年号
が間違っていることはないでしょうが・・・
木版100-thumb-380x506-2073.jpg
ついでに「そのときの報酬は?」と聞くと、泊まっていただく
だけで光栄だったのだから、当然無報酬だったろうと。
そういえば、史料館に菊の御紋が入った杯がありました。
なんでうちにあるのか謎でしたが、もしかしたらそのときに
頂いたものかもしれません。
菊023.JPG
もう一つおもしろい話を聞きました。これは私の祖母から
聞いた話だそうです。
江戸時代、高根沢は水戸の一ツ橋家の領地で、宇津家に
水戸藩の侍も出入りしていたそうです。幕末のある日、そ
の水戸藩の侍から、江戸に行ってある人物の暗殺を手伝っ
て欲しいと頼まれたとのこと。
もちろん断ったそうですが、その起きた暗殺が「桜田門外
の変」。その相手は井伊直弼だったのです。もし手伝って
いたらお家断絶。宇津家はなくなっていたと祖母は言って
たそうです。
この話の真偽のほどはわかりませんが、もしかしたら歴史
の一コマに関わっていたかもしれないすごい話が聞けまし
た。