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スキーと真田丸(?) 下

翌日は予報が外れ、朝起きるといい天気。テンションが上が
って朝ごはんも美味しい。
食堂からの眺めもいいです。
マド039.JPG

気温はいつもより高そうですが、上は寒いだろうと厚着をし、
ホカロンを2枚貼ってゲレンデに出たら暑いのなんの。
昨年は寒くて死にそうでしたが、今年は暑くて汗だくです。
いつもは一番標高の高いホテルに泊まって、順々にゲレンデ
を下りて来るのですが、今年はその逆だから余計に気温が高
く感じるのでしょう。天気がよくて青空さえ見え、チューン
ナップした板の滑りも快調。雪質が悪いのが難点ですが、雨
に降られないだけでも感謝です。
ゲレンデ042.JPG
1年ぶりに行ったら、リフトのチケットがスイカのようなIC
カードになっていました。タッチしなくても通れるのでスイカ
よりも便利かも。志賀高原はこれ1枚でバスまで乗れる
オールマイティ。
ゲレンデをつなぐ歩道橋。以前は歩いて登って大変でしたが、
いまはエスカレーターが出来ました。スキー場も努力してます。
エスカ051.JPG
最近はスノボーの衝突事故が多く、ヘルメットをかぶってい
る人も増えました。ニュースの検証では、スノボーは圧倒的
に視界が悪く、後方が見えないのが原因だとか。ヘルメット
にサイドミラーかバックモニターが必要でしょう。
お昼はいつも食べる広いレストラン(というより食堂)。
年々お客さんが減ってたのに、今年は多くてビックリです。
よく見ると、中国系のアジア人が大半。あと西洋系の人も沢
山いて何だか日本じゃないみたい。スキーをする日本人は、
我々ぐらいの年代が多いような気がします。
レスト049.JPG
食券売り場に長い列。先頭を見ると5~6人の外人が券売機
の前で悩んでました。料理の写真がないので、余計にわから
ない様子。これだけ国際化が進むと、外国語のできる係りを
置くか、外人専用のレジを作った方がいいかも。
今年はお昼まで休憩せずにガンガン滑ったので、午後から
めっきり体力ダウン。でも、ほとんどのゲレンデを制覇し早
めにホテルへ帰りました。結局、きょうは雨どころか青空で、
久々に天気に恵まれた感じです。
部屋に帰って早速温泉へ。冷えた身体を温めるにはサウナ
が一番。でも、昨年はサウナの中でおしゃべりなオースト
ラリア人と二人きりで大変だったので、今年は中に誰もいな
いのを確かめてから入りました。
夕飯はテレビ付の個室でした。でも上が抜けてるので、あっ
ちこちで違うチャンネルを見てるのでうるさいのなんの。
料理は正直期待してなかったのですが、この値段で?と思う
ぐらい美味しかったです。ただやたらと料理の出るスピード
が速く(特に酒飲みには)まだご飯も食べてないのに「デザート
持って来ていいですか?」と言われても。
翌朝、今度は天気予報が大当たり。朝から雨です。前に降ら
れたときは3月でもっと標高の低いゲレンデでした。まさか
2月の志賀高原で雨が降るとは・・・
朝食が終わったころには、雨も止んで日が差してきましたが、
たぶんゲレンデはぐしょぐしょでしょう。滑るのを断念して
観光に行くことにしました。
どこに行こうか考え今年の忘年会の目的地である真田丸ゆかり
の街を下見に行く事に(下見する意味がよくわかりません)。
さて大河ドラマの「真田丸」との関係は?
山を下りて行くと、気温の関係か下の方に雲海が広がり幻想
的な景色が見られました。
雲海066.JPG
私は「真田丸」を見ていないし歴史にうといので、地元の友
人からレクチャーを受けました。なんと彼のお母さんの実家
は真田家の家臣だった小山田茂誠の子孫。小山田茂誠は
「真田丸」にも出ていて、その妻は真田幸村の姉だそう。
ということは彼は真田家の末裔? どうりで彼は・・・・・
別に普通か。
ここで豆知識。
サナダ虫って「真田さんが発見した蟯虫」ではなく、戦国時
代に真田家が作った真田紐に似ていることから付いた名だ
そうです。真田紐は丈夫で伸びにくいので、行商人が「真田
の作った丈夫な紐」として各地で売り歩いたとか。
真田家ゆかりの城は上田城が有名ですが、真田丸が大阪
城の近くに築かれた砦だったとは知りませんでした。
今回行ったのは、真田氏が最後に移った松代城。もともとは
武田信玄が築いた城で、現在は城壁しかありません。
平地にあって、わりと狭いのが以外です。
城069.JPG
街の中には、真田家が住んでいた屋敷や、真田家に伝わる武
具・調度品を展示している宝物殿などいろいろな建物があり
ます。
真田丸の人気か、観光バスが続々。
houmotudenn 081.JPG
友人の親戚の小山田さんの家もありました。以前は広大な敷
地があったそうです。
茶室080 (2).JPG
いまは元の茶室に住んでいるそうですが、茶室でこの大きさ
ですから元の屋敷の大きさが窺い知れます。
茶室080 (1).JPG
さらに小山田家と親戚という真田家の屋敷(真田幸村の兄、
信之の子の家)。大きな屋敷で維持費が大変そうです。
屋敷085.JPG
ところで、街のあちこちに「真田丸」の旗を立て大河ドラマ
効果を狙ってますが、後で調べたら松代城に移って来たの
は真田幸村の兄の信之で、時代も江戸時代。「真田丸」と結
びつけるにはちょっと関係が薄いようで・・・
まっ、「真田家ゆかりの街」であることに間違いないですが。
旗082.JPG
時間があったので、宝物殿以外はほとんど見ちゃいました。
だから忘年会は違う所がいいなあ。
いずれにしても、勉強になったスキー旅行でした。
追記
先日新宿の交差点で、広告看板を載せた大型トラックが右折
してきました。そこには「真田丸ゆかりの和歌山県」とあり
ましたが、真田家にはどれだけゆかりの地があるのでしょう?