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秋葉原中華街

もちろん、秋葉原に中華街なんてありません。
でも、秋葉原界隈は中国からの旅行客で溢れ、街には中華
街と思わせるような中国語の看板が氾濫してます。爆買い
は一時ほどではないようですが、旅行客はむしろ増えてる
感じ。アジア人に加えて西洋人も多く、その上夏休みなの
で凄い人です。
秋葉原はうちの会社から歩いて1キロほどなので、むかし
から運動がてらによく歩いて行ってました。
以前は秋葉原は電気街として名をはせ、○○電気とか○○
家電といった大型家電店が立ち並び、安く家電を買いたい
人が何軒も店を回って価格交渉。また、電子部品を買い求
める人で賑わってました。私もよく冷蔵庫やテレビ・ステ
レオなどを買いによく行ったものです。
むかしうちの会社にいた人は、電池が安いとわざわざ買い
に行ってました。
もっと以前はラジオの部品やジャンク品を売っていたそう
で、秋葉原で無線といえばラジオのことらしいです。
いまでもあるラジオ会館や○○無線という店名はその名残。
さらにさらにそのむかし、江戸時代には秋葉原に船着き場
があったそうで、以前NHKのブラタモリでその検証をし
てました。救命丸も、栃木から江戸に届けるときは、船で
川を下り、秋葉原で陸揚げしたそうです。
その後、パソコンやゲーム器、CDやレコードを売る店が
増えましたが、バブルが崩壊して家電の消費が落ち込み、
倒産した大型の家電店もいろいろありました。
カメラ屋さんが家電量販店に発展すると、家電を求める人
の波は秋葉原から新宿や池袋、有楽町に流れていき、秋葉
原の景色が変わっていきました。
ここには○○電気の大きな店舗がありました。
イシマル066 (1).JPG
こっちは○○○○電器のショールーム跡。結婚したころ、
照明器具を見に来たことがあります。
イシマル066 (2).JPG
その後、秋葉原はオタクの街として変身。パソコンやゲーム
ソフトがオタクの街の原点かもしれません。駅前のラジオ
会館も以前は電子部品店が並ぶビルでしたが、数年前に建
て替えると、95%がオタク、いやマニアの店になりました。
その中に私の行くプラモ店もあるのです。
ラジオ会館
ラジオ062.JPG
10階以外はホビーの店。店名を見ただけでは何の店かわかり
ません。
店舗054.JPG
なぜか不思議なことに、秋葉原にはプラモデル店や鉄道模
型店が沢山あります。まあ、マニアもオタクも同じような
ものだから不思議じゃないか。
秋葉原はAKB発祥の地でもありますが、一時はメイド喫
茶が乱立し、メイドの格好をした若い女性がそこらじゅう
でビラを配ってました。そこにオタクが呼び止められ、そ
の子の後についてお店へ。その後ろ姿を見てると日本の将
来は・・・いえ、私は絶対行ったことありません!
でも歓楽街のバーの客引きは違法なのに、メイドの客引き
はいいのかなぁ。
総武線のガードの右側に並ぶオタク・・いや、マニアの店。
家電065 (2).JPG
左側は家電店と面白い風景。
家電065 (1).JPG
駅前はオタクとゲームと家電の店がゴチャゴチャ。
メイドさんもいます。
バス006 (2).JPG
そして、いまや外国人が溢れる街に。とくに中国からの観
光客が多く、どこもかしこも中国語の看板。
オタクの店にも中国語の看板。オタクは世界共通語とか。
ボークス056.JPG
バスがひっきりなしに到着し、ときには二重駐車して警察
に怒られています。
バス006 (1).JPG
離れたあちこちにウエイティングするバスが。
待機070.JPG
外国の観光客を見込み、ドラッグストアやバラエティ
ショップも増えました。店頭では店員さんが中国語で案内
し、日本人は入りづらい雰囲気です。
中国からの観光客は、以前は明らかに日本人と違う服装で
したが、最近は見分けがつかなくなりました。そういえば
以前の日本人観光客は、ジャケットに眼鏡、カメラを持っ
て、中にはちゃんとネクタイをして・・・日本人ってすぐ
にわかったそうです。
そういえば一時秋葉原に新しいタワー(いまのスカイツリー)
が建つという話がありました。もし、これが建ってたらこ
この街はどう変わっていったでしょうか。
今回のドジ
嫁の誕生日にケーキを買ったのに、あげるタイミングを
逃しました。仕方ないので家内と嫌々食べました。
美味しかったです。
ケーキDSC_0337.JPG
8月11日から夏休みです。祭りの準備もあるので、次回は
20日過ぎになる予定です。