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記憶の中の超絶なお葬式

先日、お得意先の会長のお別れ会に参列して
きました。
1代で築いた上場企業の創業者ですから、参列
者も数千人規模となり、最近の中では最も大き
な葬儀(お別れ会)となりました。
でも私は、28年前にもっとすごい葬儀に参列した
ことがあるのです。


それは、当選15回の衆議院の長老の葬儀でした。
自民党副総裁、衆議院議長などの要職を勤められ、
小・中・高の学園の経営もされていました。
宇津家とは遠い親戚にあたり、私の仲人もしてい
ただきました。
亡くなった時は臨時ニュースが流れ、たまたま見
ていた私は、改めてすごい人だったんだとビックリ
しました。
そんな方ですから、葬儀も自宅密葬、自民党葬、
県民葬、学園葬と4つもあり、私は親戚として
すべての葬儀に参列しました。
一番すごかったのは自民党葬です。
会場となった青山斎場の前には、親交のあった
アメリカ海軍の儀仗兵が並び、時の総理大臣を
はじめ政界、財界の人たちが多数参列しました。
親戚が少ないということで私も親戚側に立たされ、
参列者にお辞儀をしましたが、弔問に訪れた人
の列は延々と続き、長時間立っていたのとお辞
儀のしすぎで最後は腰が曲がらなくなりました。
葬儀が終わり、故人ゆかりの国会議事堂や自民
党本部を廻って自宅に帰る時はすごかったです。
車列の先頭にパトカーが付き、すべての交差点
は警察官によって遮断され、通り過ぎる我々に
全員が敬礼をするのです。
都内をノンストップで通り抜けたのは、もちろん二
度とできないないすごい経験でした。
その後、地元で学園葬、県民葬がありました。
学園葬の時は暑い時で、何人も読まれる弔辞に
1時間以上も立っていた生徒たちがバタバタと
倒れるハプニングも。
県民葬の時は、天皇の特使がヘリコプターで来
られ、弔辞を読まれたのにも驚きました。
ここでも何千人もの県民が最後のお別れに訪れ、
私は再び腰痛となりました。
あれから28年たちましたが、まだ鮮明に記憶に
残っているすごいお葬式でした。