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マニアの履歴書

私と模型との初めての出会いはショッキング
なものでした。


小学2・3年のころ、家の近所に模型店があり、
そのガラスケースに、きれいに塗られた船が
並んでいました。
その前を通るたびいつも見入っていたのです
が、その船がどうしても欲しくなり、意を決して
買いに行きました。
そのころ、まだ模型の存在すら知らず、当然
展示品と同じものが入っているものと思って
いたのですが、箱から出てきたのは、ただの
木片や棒切れでビックリ。
幼いながらもこれは何かの間違いと、生まれ
て初めてのクレームをつけに行きました。
模型店のおじさんは、これは自分で削って張
り合わせ、色を塗るものだと教えてくれました。
プラモデルができる前の模型は木製だったの
です。
もちろんそんなものが作れる訳もなく、初めて
挫折を知り、また誇大広告?にだまされた瞬
間でもありました。
その後、日本にもプラモデルが出始めました。
創成期のプラモデルは、「作って飾る」と言う
より「作って遊ぶ」というおもちゃ的な物で、
当然すぐに壊れて、いや壊してしまい、あの
近所の模型店の常連になりました。
プラモデルという名称は、この頃あったメーカー
の商標です。
その後、モーターで動く車や戦車などが主流
になり、その時のモーターがいまや世界の小
型モーターの半分のシェアーを持つマブチモーター
でした。当時模型のモーターを作っていたこ
とが、いま大きく飛躍したきっかけだとか。
しかし、モーターの性能はよかったのですが、
プラモ自体の出来が悪いため、ほとんどが出
来上がっても動かなかったり、すぐに壊れてし
まいました。
模型とはいえ、今では考えられないことです。
その頃は、お年玉や小遣いをもらうと模型店
に直行。車から飛行機・船・モノレール・ゴジラ
から人体模型まで、ジャンルを問わず作り続
けていました。
時々、お宝鑑定で昔のプラモデルに高額が
つくことがありますが、作らずにいま持ってい
たらひと財産できたかもです。
一方、欧米から「動かない」精密なプラモデル
が輸入され始め、子供たちの垂涎の的とな
りました。
ヨーロッパには昔からミニチュアの文化があ
り、鉛や錫でできた兵隊でナポレオンの軍隊
や南北戦争を再現するなど、大人のホビー
として確立していました。
アンデルセン童話の「鉛の兵隊」は、その
ミニチュアの兵隊をモデルにしたものです。
ですから、欧米のプラモデルの精密さも日本
製の数段上でしたが、なにしろ1ドル360円
の時代、とても子供の小遣いで買える金額で
はありませんでした。
中学生になると、おもちゃ然としたプラモデル
にも飽き、違う趣味に没頭していきました。
大学受験の勉強をしていたある日、7つ下の
弟が、作りかけのプラモデルを完成させて欲
しいと持ってきました。
その製品を見て、昔とは雲泥の差に驚愕し、
勉強そっちのけで模型店に直行しました。
それから数十年、今では特定のジャンルの
ものしか作りませんが、テレビを見ながらで
も何かを作っているほどのプラモ中毒。
田舎や旅行に行く時でも持っていきます。
よく、お酒を飲んで寝てしまうのが日課とい
う人の話しを聞きますが、私にはそんな時
間の使い方は信じられません。
いま、老後に何をやろうか悩んでいる人が
多いそうですが、そんな心配はいらないで
しょう。ただし、手が自由に動くうちですが。