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「工作限定」教育パパ

私が模型好きになったのは、手芸が好きだった
母親の影響かもしれません。
模型に限らず、何かを作るという楽しみを教えて
くれました。


私が小学生4~5年のころ、プラモデルが大
ブームになり、夏休みの工作の宿題にさえプラ
モデルを作ってくる子供が沢山いました。
作品は、学校の廊下に展示されましたが、手
作りの作品に混じって大きな軍艦や城のプラ
モデルが並び、それを見て宿題でプラモデル
が作れるなら自分もそうしたいと思いました。
しかし母は、「そんなものは工作ではない。
自分で工夫して作りなさい」と絶対に許してくれ
ませんでした。その代わり、いろいろヒントの載
った本を買ってきました。
そのおかげで、何かを作る楽しさと、創意工夫
の楽しみを覚えたのかもしれません。
結婚し子供が小学校に入ると、夏休みの宿題
の工作は私の独壇場でした。
最初は手伝ってやるはずが、だんだん不器用
な子供に腹が立ち、結局私がほとんど作って
しまうというパターンです。
長男が小学校1年の時、夏休みの宿題を手伝
ったのが最初でした。
粘土と針金で「昆虫標本箱」を作ったのですが、
95%は私が作ってしまい、最初は手伝うように
言っていた家内も呆れていました。
子供が作ったように作るのが逆に大変でしたが、
それでも6歳の子供の作品とはいえず、正直に
「ボクとパパの昆虫採集」としました。その後、
二番目の子は「水族館」、三番目の子は「恐竜」
とエスカレートし、ついに母親に怒られました。
          現存する伝説の昆虫採集

             
        かみきり虫のアップ

作りかけの宿題で、いいかげんな作品を発見し
たら大変です。特に次男は適当に作ってしまう
ので、何度も作り直させました。
「自由工作でメリーゴーランドを作ったけれど動
かない」などと聞けば徹夜してでも作り直し、提
出の日には快調にグルグル廻っていました。
母もやはり子供のころ、父親が宿題の工作を
手伝いたがり、泣いて抵抗しても結局全部作
られてしまったとか。
工作好きは母方の血筋だったようです。
しかし、私の息子たちはまったく才能なし!
いまでもギターやメガネの修理を頼まれます。
うちの工作好きのDNAは途切れたようです。