夜泣き|かんむしに宇津救命丸400年以上の歴史を持つ医薬品メーカー

Home » ブログ » 私の中の「3丁目の夕日」 車編

ブログ

blog

私の中の「3丁目の夕日」 車編

以前書いたノスタルジーの世界。今回は車編です。


映画「3丁目の夕日」の中で、子供たちが「21世紀には車の
タイヤがなくなって空中を走るんだ」と言うシーンがあります。
確か私が子供の頃の交通図鑑にも、21世紀には車が空を
飛び、海底のチューブの中を列車が走る想像図が描かれて
ありました。21世紀になってもう10年たちますが、まだ車のタ
イヤがなくなる様子はありません。
私が子供のころはまだ車も少なく、自家用車がある家が珍し
い時代でした。父が免許を持っていなかったので、当然うち
にも車はありませんでしたが、工場には荷物を運ぶオート三
輪というのがありました。初期のはオートバイに荷台を付いた
ようなもので、乗ると床が無くて怖かったのを覚えています。
私が小学生のとき、同級生のお母さんが初代のブルーバード
(昔はダットサンというブランドでした)に乗っていました。
確かレディース仕様といって、床にはハイヒール立て、後ろの
席には折りたたみ机とカーテンがあり、ウインカーを点けると
オルゴールが鳴るという大変しゃれた車でした。40年近く大
切に乗り続け、部品の在庫が無くなったときは社長に直訴し
て作ってもらい、最後は日産に寄付したそうです。
大学時代は自動車部に在籍し、ちょっとした修理やカーステ
レオの取り付け(昔はすべて後付けでした)ぐらいは自分でや
れました。最近はダッシュボードを外すのも難しく、エンジンも
コンピューター化されて複雑になり、エンジンルームを開ける
ことさえなくなりましたが。
車のスタイルもどんどんよくなってきました。むかしの4ドア車
のスタイルは最悪で、若者はみんな2ドアのクーペやハード
トップ車に乗りたがりました。いまは4ドア車のデザインも洗練
され、ほとんどの車が4ドアになりました。今さら使い勝手の
悪い2ドアには戻れません。
その頃、バックミラーは法律上ボンネット上に付いていなくて
はならず、せっかくのスタイルを台無にしていました。外車は
ドアミラーが認められていて、そのカッコよさにあこがれてドア
ミラーに改造したら、お巡りさんに怒られました。
若気の至りです。
当時の装備は最低限で、標準装備は暖房とラジオぐらいなも
の。クーラー、カーステレオはもちろん、オートマチックでさえ
オプションでした。ある時、車の知識ゼロの父が「運転はオート
マチックの方が安全」とどこかで聞いてきて、それ以来スポン
サーの意向により、私の車はオートマとなりました。
このオートマチックがまったく力がなく、スポーツタイプの車で
さえ、登りの坂道では軽自動車に抜かれるだらしなさ。いま
ではフェラーりでさえオートマですから、これも技術の進歩で
す。オートマチックの運転歴が長いおかげで、左足でブレーキ
を踏むテクニックが身につき役にたっています(慣れないと危
険です)。
クーラーも当時は高価で、付けている車は社用車などごくわ
ずか。まだ未舗装道路も多く、夏に窓を締め切って走るともう
グッタリです。みんなでドライブに行く時、父親のクーラー付
の車を借りてきた人はポイントが高いでした。
最近は、パワーウインドウ、オートマ、クーラー、カーステレオ
なんて付いていない車を探す方が大変なぐらい。ナビやETC
の普及率を考えるとほんとにいい時代です。
昨年社用車をハイブリッド車に変えました。簡単に言うと電
動アシスト付き自動車(?)。モーターで走るなんていうと遊
園地の電気自動車を想像しますが、これがかなりの速さで、
技術もここまで来たのかという感じです。
一通りのものは標準装備となっていますが、レーダーを発信
して前の車に追尾していくという装置がついているのには驚
きました。さらに、私は付けませんでしたが、自動追突防止、
レーンを外れると元に戻す装置、夜間赤外線で人を感知、居
眠り探知機能、自動車庫入れシステムなどがオプションであ
ります。
まだタイヤは付いていますが、むかし描いた未来の車に一歩
づつ近づいてきてるのかもしれません。
21世紀はあと90年あります。それまでにタイヤはなくなるか
も・・・