困った子ではなく、
困っている子
子どもの心の健康を考える ― 情動コントロール力を高める音楽のチカラ。
選ばせる、待つ、何が上手になったかを言葉にする。ピアノ教室が毎週やっていることは、親がいちばんできなくなることでもありました。
日本の子どもは、体の健康では先進国36か国のなかで1位です。ところが心の幸せになると、32位まで下がります※。四百年あまり子どもの薬をつくってきた会社が、ピアノを教える人たちに話を聞きました。話は「どうすれば弾けるようになるか」から始まり、「親はどうすれば待てるのか」にたどり着きます。考える力と感じる力、切り替えのスイッチ、褒めるときの物差し。ピアノ教室で毎週起きていることの多くは、家庭で起きていることとよく似ていました。
※ユニセフ・イノチェンティ研究所「レポートカード19」(2025年5月)。身体的健康1位、精神的幸福度32位(36か国)。
体は1位、心は32位
宇津救命丸の代表取締役、宇津善行です。日本の子どもは、体の健康では世界一を誇れるようになりました。ところが心の幸せは、先進国36か国のなかで32番目。下から5番目くらいなんです。このギャップに、非常に課題を感じています。今日は音楽、特にピアノという選択肢について、お二人に伺います。
ピティナ(一般社団法人全日本ピアノ指導者協会)の専務理事、田口翔です。今年60周年を迎えた協会で、全国の、個人事業主としてピアノを教えている先生を中心に、会員数約1万8000人。「ピティナ・ピアノコンペティション」というコンクールのほか、「ピティナ・ピアノステップ」という発表会形式のイベントを全国で約640地区開催しています。ピティナは「音楽がつなげる豊かな人生」というビジョンを掲げていて、今日のテーマとは問題意識が近いと思っています。
新宿・新大久保で松枝ぴあの教室を主宰しております、松枝由紀子です。3か所の教室で、講師の先生6人と、0歳からシニアまで130人近くの生徒さんがいらっしゃいます。0歳はお母さんと一緒のリトミックから。私の教室はみんなの「居場所」です。
「かんの虫」という考え方
昔から、子どもがかんしゃくを起こしたり、夜泣きをしたり、自分の情動がコントロールできなくなって暴れてしまう。そういう状態を、昔は「かん」と言ったんですね。心理学も発達の神経学もなかった時代、なぜそうなるのかがわからないから、虫が中に入って悪さをしているんだろうと考えた。いまでは虫が原因でないことはわかっています。それでも子どもの心はわかりにくくて、「私を困らせるためにやっているんじゃないか」と思ってしまうお母さんもいらっしゃる。お子さんの気持ちをちゃんと理解して対処できれば、心の幸せに近づいていけるんじゃないか。そう思って、今日はお話を伺います。
思考と感性のバランス
松枝先生がレッスンで大事にしていることは何ですか。
「生きる力を育てる」です。いちばん考えているのは、思考と感性のバランス。たとえば長調と短調の曲を弾いて「どっちが楽しそうに聞こえる?」と聞いても、「普通」「わかんない」という子が結構いるんです。よく絞って考えれば答えは出てくるのに、そこを止めてしまっている子が年々増えている。音楽は好きと嫌いが始まりです。どっちが楽しいか、どっちが悲しいかがなければ、表現もできません。
好きな食べ物と嫌いな食べ物があっていいように、好きな音楽と嫌いな音楽があってもいい。嫌いと言われたら「そうなんだ、いいじゃない」と。この子はこれが好き、とわかれば、ご褒美のときは好きな曲、お稽古では時々こっちも、と与えるものを変えられます。
考える前に、まず「感じる」がありますよね。先生はそのための材料をたくさん与えて、子どもの引き出しをつくってあげている。だから「どう思う?」と聞かれたとき、ぱっと答えられるんじゃないでしょうか。
思考能力ばかり鍛えても、幸せにはならない気がするんです。思考を磨いたうえで感性を磨くには、どうすればいいんでしょう。
普段からイメージすることも大切です。子どもが小さい頃、散歩していて花が咲いていたら「きれいだね」と、私が思ったことを口に出していました。するとあるとき、花を摘んできて「ママ、あげる」とくれたんです。きれいなものを覚えたから、これをあげたらママが嬉しいだろう、と行動するようになった。レッスンでも、色々な音を聞かせる、絵本を見せる、などをできるだけしています。
「答えられない」と「できない」となってしまう、でもまだ3歳の子は「知らない」んです。なので最初は「教える」。そのうえで選択肢を与えれば、選んでいける。小さい子には「こっちとこっち、どっち?」のクローズド・クエスチョンで。大きくなったら「何が好き?」とオープンクエスチョンで聞く。それに答えられるようになったときが、いちばん表現力が出てくるときです。
感じることから考えることへつなぐには、「選ばせる」のがポイントなんですね。
そうなんです。だから、嫌いと言われると実は嬉しいんです。「この子、嫌いな曲があったんだ」って。関心がある証拠ですから。
まだ3歳の子は、
「知らない」んです。
待つということ
没頭しているときに急に声をかけられて、気持ちの切り替えができずにわっとなってしまう。そういうことに悩むお母さんは多いと思います。ピアノの現場ではどうしていますか。
私は基本的に待ちます。ただ、私も親なので、待てないのも事実。だから、どのくらい待てるかはその子との対話のなかで決めます。もう自分でどうしていいかわからない状態で戻れないなら、「今日はお稽古おしまいにしようね。また来週待ってるよ」と、笑顔で終わりにします。別に怒っているわけではない。だって、その子はつらいんです。うちはご褒美のあめちゃんがあるんですけど、あめちゃんだけはちゃんともらって帰りますが(笑)。
そのうちに、「この先生は待っててくれるんだ」と彼らはわかるんです。無理にさせないから、「じゃあ、やろう」と。だんだんイライラしている時間が短くなっていく。信頼があれば、待つ時間も短くなるんです。
今日はお稽古おしまいにしようね。
また来週待ってるよ。
右手と左手、そして先を読む力
ピアノは右手と左手でまったく違うことをしますよね。あれも切り替えと関係があるんですか。
右と左でわざとスタッカートとレガートを弾き分けると、普通の人はできない。でも私たちは当たり前にやります。目で見て、考えて、感じて、体で出す。子どもはそれを訓練して、知らないうちに無意識にできるようになる。時間はかかります。
もう一つ、楽器は先を読む力がないと弾けません。次に休符がある、次は左手にメロディが来る。次の音、いやゴールが何かを知らないと動けない。ピアノは、すごいマルチタスクだと思っています。
子どもにとっては、イメージして、それを音にすることだと思うんです。作曲家の時代背景を学ぶのも大事ですが、それより「この曲はどんな雰囲気か」を頭の中に映像として描いて、音に出していく。それが表現力につながるんじゃないでしょうか。
その通りです。「小人の踊り」と書いてあったら、小人ってどのくらいの大きさ?男の子?女の子?と具体的にイメージさせる。見たことがないものはイメージできないので、教室には絵本をたくさん置いています。
親はなぜ待てないのか
― イライラは連鎖する
お母さんはなかなか待てないと思うんです。子どもとの距離が近くて、間が持てない。お母さん自身の心は、どう気をつけたらいいでしょう。
レッスン中、お母さんが「そこ違うでしょ」と口を出してきちゃうことがあるんです。そういうときは「ここから先は私と二人でやるから、ママ頑張って見ててね」とお願いします。そうすると、自分の子どもを客観的に見る時間ができる。「この子、案外先生とこんなふうに喋ってるんだ」と見られるのは、いい勉強になると思います。
アンガーマネジメントには「連鎖する」というキーワードがあります。子どもがイライラするのは子どもだけの責任ではない。それに、身内にはどうしてもコントロールしたいという気持ちが出る、と考えられているんです。だからお母さんは、子どもが思った通りに練習しないとイライラする。でも実は違う人間なんだから、一歩置いて見る時間がつくれるように、お母さんも訓練していい。
私はそれを「共鳴現象」と呼んでいます。お子さんやお母さんのかんしゃくは家庭のなかで連鎖して、旦那さんから会社へ、会社からまた家庭へ、と社会全体に広がってしまう。どこかで断ち切らなきゃいけない。当社の「かんのむし君メソッド」も、いちばん最初は「間を取る」ことから始めます。ピアノ教室は、お母さんが一度距離を置いて、客観視できる場でもあるんですね。
漢方には「母子同服」という考え方もあります。子どもの夜泣きやかんしゃくの相談に来たお母さんに、一緒に飲んでくださいね、と。子どもばかりでも、お母さんばかりでもだめで、両方にアプローチすることが大事なんだと思います。
心の乱れは、どこから来るのか
かんのむし君メソッドのウェブサイトを拝見しました。その場のケアの「手当て」と、毎日の暮らしを整える「養生」の二つがある。何でも薬で対処すればいい、ということではなく、生活リズムや食事、つながりを日頃から整えていこう、というのが深いなと思いました。
心の乱れは三層構造だと考えています。一つは体の中から来るもの。腸内環境や自律神経です。二つ目が環境。暑さ寒さ、寝苦しさ、生活リズム。三つ目が人間関係。この三つが重なって、情動が乱れやすくなる。
薬がアプローチできるのは体の中だけです。人間関係や生活リズムには、薬は介入できません。だからそこはメソッドとして伝えていきたい。今日のお話は、まさにそこなんです。
メソッドでは、心の状態を7段階で表しています。黄色の「なごみ」がふつうの状態で、その力は誰もが持っている。それがイライラで赤くなり、行きすぎると反応できなくなる。どうすれば「なごみ」に戻せるのか。それが私たちのテーマです。
体が健康じゃないと、お母さんはイライラしちゃいますからね。「早く宿題しなさい」「早く寝なさい」と言いたくなる。生活を整えるのは本当に大事です。
※かんのむし君メソッドは現在、作新学院大学と効果の検証を進めているところです。
「何が」上手になったのかを褒める
いま自己肯定感がよく言われます。ピアノを通して、どう育てていけるでしょうか。
「上手だね」だけではなく、何が上手なのか。先週よりできたか、1年前の君より上手になったか。比較の対象を一つ持って褒めてあげると、本人も納得して、自分を認めることができます。
お母さんから「〇〇ちゃんはどうやってますか」と聞かれても、私は曖昧に答えます。その子と他の子は違うから。今日のA君と昨日のA君が変化していれば、それがもう成功体験です。
だから褒めるときは、「今日はテンポ感がよくて、全部まとまったね」と具体的に言う。できていないのに褒めることはしません。たった1小節弾けるようになっただけでいいんです。「今日は難しいね。じゃあ、ここができるようになって帰ろうね」と言って、30分のレッスンのあとに「これができるようになったね」と返す。そうすると、本人も、そばで見ているお母さんも納得して帰れます。
育児に置き換えると、お母さんの「褒め力」ですね。どうしても叱ってしまうし、褒めるときも人と比べて「すごいね」と漠然と言いがちです。そうではなく、その子自身の過去と比べて、プロセスを褒める。そのためにはちゃんと観察しないといけませんね。
スプーンで自分で食べられるようになったら、すごいことじゃないですか。他の子はもうできていても、その子が今日できるようになったら、すごいことなんです。
「上手だね」だけではなく、
何が上手なのか。
5歳から、続けているもの
音楽は、継続の力がいちばん出るものだと思うんです。田口さん、ピアノはいくつからですか。
5歳です。
私も5歳なんです。人生の大半、ピアノを弾いている。うまい下手じゃなく、ずっと続けているものがあるのはすごいことです。続けることで何かを変えられる。怒りっぽさも、すぐには治らないけれど、続ければ何か違ってくる。
ピティナでは、コンペティションやステップなどのステージに5回出るごとに「継続表彰」を行っています。続けることが学ぶうえで何より大事であるという考えからです。学校長さま宛の手紙も用意していて、実際に学校で表彰していただいたケースもあります。
朝礼で表彰されると、「じゃあ僕も次はもらうよ」という子が本当に出てくるんです。
頭の中の、スイッチと引き出し
情動をコントロールする力を高めるには、どうしたらいいでしょう。
アンガーマネジメント的に言えば、怒ることと怒らないことを区別する。いま怒ったらどうなるんだろう、と考える力です。
音楽でできることとして、頭の中にはスイッチがいっぱいある、と子どもに話すんです。「このスイッチをパチンと入れると、今度は右手さんがメロディを弾くよ」「パチンとやると、左手さんだよ」。そのスイッチの下には引き出しがあって、全部そこに入っている。「〇〇ちゃんの引き出し、ぐちゃぐちゃじゃない?」と言うと、「うん」と言うわけ(笑)。だから、ハンカチをきれいに折って入れ直そうね、と。
もし怒っているときも、「いま怒ったらやばくない?」と思ったら、スイッチをパチンで別の引き出しに行けばいい。ピアノは10本の指を自分で命令して動かす楽器です。自分をコントロールする力がつくのは、楽器のすごい特性だと思っています。
音楽から、離れる時間
5歳からピアノをやってきて、いちばん良かったと思うのは、音楽から離れる時間を大事にしてきたことなんです。集中すればするほど、はまっていく。自分が音楽に飲まれていないか、と思うときがあるんですね。そうしたら、ピアノから離れてみる。すぐには戻れない環境に、あえて身を置いてみる。戻ってきたとき、音楽って素晴らしいなと新しく気づけるんです。
共感します。私も先生をやめていた時期が1年半あって、戻ってきて、やっぱり私のいる場所はここだと思いました。日々でいえば、夜は音楽を聴きません。脳を休める時間をつくっています。
育児も同じかもしれません。お子さんがかんしゃくを起こしていると、親はどうしても一体化してしまう。拒絶するのではなく、見直すために一度距離を置く。行政のサービスなどを使ってもいい。そうすると切り替えができてくると思います。
音楽から離れる時間を、
大事にしてきた。
親も子も、反抗期
思春期のお子さんのお母さんから、「うちの子、反抗期で」とよく言われます。でも子どもは大人になる階段を上っているんだから、お母さんも一緒に乗り越えればいい。お母さんもお母さん歴、十何年(笑)。「あっ、ついにこの時が来たんだな」と思うと、つらいけど悲しくはない。親も子も反抗期なんです。
情動が乱れやすい時期は、何度も来ます。赤ちゃんの夜泣き、3歳ごろのかんしゃく、10歳ごろからの思春期、そして更年期。そのたびに、この子は「困った子」ではなく「困っている子」なんだ、と見られれば、少し優しくなれると思います。
困った子ではなくて、
困っている子。
あなたにとって、音楽とは
視聴者の方から質問です。「お二人にとって、音楽はどんな存在ですか」。
人生をかけて付き合っていきたいものです。よく知っている曲でも、改めて聴くと、そのときの自分と照らして新しく感じるところがある。
私には、空気のように当たり前にあるものです。ピアノじゃなくても、鼻歌でも、子どもと一緒にわらべ歌を歌うのでもいい。赤ちゃんが泣いているとき、ママがピアノを弾いたら静かになった、というのもあります。うまくなくていいんです。そういう小さなことも全部音楽、それに関わって生きていることが幸せです。
同じようなことを、かなり近いところで考えていけると感じました。またこうした議論ができるといいですね。
視点が変わる感じがして、有意義な時間でした。音楽って、いろんなところにつながっているんですね。
可能性が広がりますね。次回は10月、「仏教と心」をテーマに、宇都宮のご住職にお話を伺う予定です。本日はありがとうございました。
Afterword
あとがき(編注)
ピアノ教室の話をしていたはずなのに、気がつくと家庭の話になっていました。選ばせる。待つ。何が上手になったのかを言葉にする。昨日のその子と比べる。どれも、ピアノの先生が毎週のレッスンで当たり前にやっていることです。そして、どれも子育てのなかで親がいちばんできなくなることでもあります。
松枝先生が教室でお母さんに「ここから先は私と二人でやるから、見ててね」と言うとき、そこで起きているのは、親が子どもを一歩離れて見る時間をつくることでした。田口さんが話した「音楽から離れる時間」も、宇津が話した「間を取る」も、同じところを指しています。いったん離れて見ると、困った子は、困っている子に見えてきます。
本記事で語られた音楽に関するお話は、松枝先生の教室での実践と、お二人のご経験にもとづくものです。かんのむし君メソッドは、現在、作新学院大学と効果の検証を進めています。
本稿は2026年9月18日のYouTubeライブの発言をもとに、読み物として構成したものです。文意を損なわない範囲で整文し、話題の一部を割愛しました。対談の全編は宇津救命丸チャンネル(YouTube)の対談動画でご覧いただけます。
読みもの編集部
Kan-no-mushi Method
対談で紹介した「かんのむし君メソッド」は、
ホームページでご案内しています。
子どもの心の状態を7段階で見える化し、「間を取る・観る・見立てる・整える」で向き合うための考え方です。現在、作新学院大学と検証を進めています。
宇津救命丸は医薬品です。使用上の注意をよく読み、用法・用量を守って正しくお使いください。気になる症状が続く場合は、医師・薬剤師にご相談ください。